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東京高等裁判所 平成元年(ネ)1545号 判決 1990年7月12日

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、各控訴人に対し、別表「控訴人名」欄記載の控訴人に対応する同表「請求金額」欄記載の金員及びこれに対する昭和五九年一一月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文一項同旨

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正し、原判決添付の別表1ないし4を本判決添付の別表に改めるほか、原判決の事実として摘示されたところと同一であるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表一行目の「電々公社」を「電電公社」に改め(以下同様に改める。)、同行の「世田谷電話局」の次に「(以下「世田谷局」という。)」を加え、一〇行目の「開通する程の」を「開通するという」に改める。

2  同二枚目裏五行目の「別表1」から一〇行目の「名義で」までを「別表『加入電話及び名義人』欄記載の加入電話につき同欄記載の名義人の名義で(控訴人本人と名義人との関係は同欄記載のとおりである。)世田谷局を通じ電電公社と」に、同三枚目表六行目の「別表1」を「別表」に(以下同様に改める。)それぞれ改める。

3  同三枚目表九行目の「世田谷電話局」を「世田谷局」に改める(以下同様に改める。)。

4  同四枚目表三行目の「ガソリントーチランプ」の次に「(以下「トーチランプ」という。)」を加え、八行目の「ガソリントーチランプ」を「トーチランプ」に(以下同様に改める。)、九行目の「点けたまま」を「つけたまま」にそれぞれ改める。

5  同五枚目表五行目の「単純なミス」を「単純な不注意」に改める。

6  同九枚目表一〇行目の「工事人」を「作業員」に、同九枚目裏七行目の「即ち」を「すなわち」にそれぞれ改める。

7  同一〇枚目表三行目の「もっとも」を「もっと」に、三、四行目の「選ばなければならなかった」を「選ぶべきであった」に、七行目の「施し」を「施す」に、八、九行目の「免れるというフェイルセーフ思想が常識化しているのに」を「免れる措置をとるべきであったのに(右のフェイルセーフ思想は常識化していた。)」にそれぞれ改める。

8  同一〇枚目裏九、一〇行目の「期していなければならなかった」を「期すべきであった」に改める。

9  同一二枚目表三行目の「作業の手順等」の次に「つき」を加え、四行目の「万全を期して」から五行目の「また」までを「万全を期するとともに、」に、七行目の「把握しなければならなかった」を「把握すべきであった」に、同一二枚目裏四、五行目の「しなければならなかった」を「すべきであった」にそれぞれ改める。

10  同一三枚目裏九行目の「しない程」を「しないほど」に改める。

11  同一四枚目裏二行目の「過ぎず」を「すぎず」に、五行目の「もしくは」を「若しくは」にそれぞれ改め、同一五枚目表二行目の「適用されるのである。」の次に「現に、被控訴人も、本件事故において、控訴人らを含む被害を受けた全利用者に対し、何ら実損害の立証を要求することなく、しかも、電話の不通につき通知したか否かを問うことなく、同条に定める電話基本料金の五倍に相当する金額を支払っているのである。」を加える。

12  同一七枚目裏四行目の「または」を「又は」に(以下同様に改める。)、九行目の「初歩的ミス」を「初歩的な不注意」にそれぞれ改める。

13  同一九枚目裏五行目冒頭から末行の「否認する。」までを「また、控訴人本人を含む別表『加入電話及び名義人』欄記載の者が電電公社と同欄記載の加入電話につき加入電話加入契約を締結していたこと、及び、控訴人らのうち兼平清次、木村正夫、斎藤幸蔵及び吉田正夫につき加入電話の不通期間が同表『不通期間』欄記載の日数であったことは、いずれも認める(ただし、控訴人本人と名義人との関係については不知。)。もっとも、控訴人らのうち池田譲、沼田人孜及び有限会社梅乃やについては世田谷局以外の電話局を通じて加入電話加入契約を締結していたものであり、右控訴人らの場合加入電話が不通になったことは否認する。」に、同二〇枚目表五行目の「理解されるべきである。」から八行目末尾までを「理解されるべきであり、世田谷局管内以外の地域では右の意味における『不通』期間は存在しなかったのであるから、同条項により賠償すべき損害は発生していない。」にそれぞれ改め、九行目冒頭から同二〇枚目裏末行末尾までを削る。

14  同二四枚目表八行目の「あたらない」を「当たらない」に改める(以下同様に改める。)。

15  同二四枚目裏一行目の「請求原因2(四)(2)は争う。」を「請求原因2(四)(2)の事実のうち、ケーブル線がポリエチレンで被覆されていたこと、及び、ケーブルシステムに副システムを採用していなかったことをいずれも認め、主張は争う。」に改める。

16  同二八枚目裏八行目の「且つ」を「かつ」に改める。

第三  証拠<省略>

理由

一  本件事故の概要とその原因につき、当事者間に争いのない事実並びに<証拠>によって認められる事実は、次のとおりである。

1  電電公社は、昭和六〇年四月一日電気通信事業法の施行により電気通信事業が民営化され、同日日本電信電話株式会社の施行により被控訴人が成立したことにより解散するまで我が国の右事業を独占してきた公共企業体であり、全国各地域に電話取扱局を設置し、加入電話加入契約を通じて多数の利用者に対し電話通信役務を提供してきた。控訴人らは、電電公社の設置した電話取扱局の一つである世田谷局を通じ、電電公社と本人名義で又は一定の続柄を有する者の名義で加入電話加入契約を締結し、電話通信役務の提供を受けていたと主張する者である。

2  電電公社は、電話局と利用者とを接続する通信線路の一つとして多数の通信用ケーブル線を所有し、その一部は地下の専用ケーブル溝に収納しているが、世田谷局と接続する通信ケーブル線を収納する本件洞道の場合、東京電気通信局管下の東京港地区管理部長がその管理に当たっていた。本件洞道は、地下三メートルの深さにある直径二メートルないし三メートル前後の円筒様(場所によって異なる規模、形状となっている。)のトンネルであり、その一端は世田谷局庁舎第三棟地下一階ケーブル室に接する一方、その他端は同庁舎敷地地下を通って世田谷通りに達し、東西二方向に別れて東は世田谷通り沿いに渋谷方面に向い、西は同通り沿いに成城方面に向い、その地下を走っているが、出入り口は、世田谷局長の管理するケーブル室と道路の各所に設けられたマンホールである。その内部には、加入電話回線、公衆電話回線、専用回線・特定通信回線、加入電信回線、データ通信設備サービス用回線等の通信用ケーブル線一〇三条が、通路の左右両側にある数段の棚状のものの上に敷設されていた。右の通信用ケーブル線の材質及び構造は、各ケーブル線によって相違があるけれども、いずれもケーブル一条につき直径〇・三二ないし〇・九ミリメートルの素線(銅線)が四〇〇ないし三六〇〇本収容され、各素線は周囲を発泡ポリエチレンで被覆されて芯線を形成し、芯線の外側はアルミニウム又はスチール、クラフト紙、透明ビニールからなる内被とポリエチレンからなる外被によって覆われていた。また、ケーブル線は、その長さに制限があるため、鉛管で覆われた接続点があり、右接続点ではケーブル本体と鉛管の隙間をはんだ付けで密閉していた。

3  ところが、昭和五九年一一月一六日午前一一時五〇分ころ本件洞道に火災が発生し、翌一七日午前四時三七分ようやく鎮火したが、本件洞道に収納されていたケ-ブル線は、世田谷局敷地地下部分及び世田谷通り地下部分を中心にT字状で総延長約一六五メートルにわたり焼損した。その結果、世田谷局内の加入電話回線約八万九〇〇〇回線、専用回線・特定通信回線約二八〇〇回線、公衆電話回線約一四〇〇回線、加入電信回線約二三〇回線、データ通信設備サービス用回線約七〇回線等が不通となり、直ちに電電公社によって復旧対策が講じられたが、加入電話回線については同月二四日になって、専用回線・特定通信回線等については同月二六日になって全面復旧した。その間、世田谷局管内では全利用者の電話通信が途絶したことから、地域社会に大きな混乱を生じただけでなく、一部の金融機関のオンラインは全国規模で作動しなくなり、その影響は全国に及んだ。

4  本件事故当時、本件洞道内では、電電公社から世田谷局管内の通信線路増設工事を請け負った大明が、明和に下請けさせ、右工事の一部のケーブル接続工事を行っていた。事故当日、右工事において新たに増設したケーブル線に接続不良箇所があることから、明和の作業員四名が世田谷局側から本件洞道内に入溝し、本件洞道内で、トーチランプを使用し、ケーブル線の接続点にある鉛管のはんだ付けを解き、接続不良箇所の探索をしていた。そして、作業員二名は、解鉛作業を続けた結果、接続不良箇所を発見し、その修理方法につき元請けの大明の指示を受けるため、昼前作業をいったん中止して本件洞道外に出たところ、火災が発生した。ケーブル線は、芯線の発泡ポリエチレン、外被のポリエチレンいずれも可燃性であり(後者についていえば、トーチランプの炎を一分間接炎すると独立燃焼する性質を有する。)、作業員らは、解鉛作業に当たっては、トーチランプの炎で溶けた鉛片から既設のケーブル線を保護するため、これに保護用シートを被せていたが、右の保護用シートも難燃処理はされてはいたものの、綿製であった。所轄消防署では、トーチランプの種火が保護用シートに着火して燃え始め、その炎が作業着や解鉛されていたケーブル線の発泡ポリエチレン製芯線被覆に燃え移り、更に拡大しながらケーブル線の外被ポリエチレンに燃え移り、本件火災になったものと推定しており、所轄警察署でも、作業員二名が作業現場を離れるに当たりトーチランプの種火を消し忘れたとみて業務上失火罪の疑いで送検し、両名は起訴された。しかし、両名とも、トーチランプの種火の消し忘れは否認している。

5  本件事故後、電電公社(被控訴人は電電公社の権利義務の一切を承継した。)は、世田谷局管内の全加入電話加入者に対し、通話不能になった日数に応じて日割り計算した電話基本料金を返還するとともに、損害の立証を求めることなく公衆電気通信法一〇九条に定める五日以上の通話不能になった日数に応じて日割り計算した電話基本料金の五倍に相当する金額を損害賠償金として支払った。

二  本件事故の概要及び原因については右一のとおりであるところ、控訴人らは、本件事故のため電話通信役務が提供されなかったことにより別表「営業損害」及び「慰謝料」各欄記載の損害を受けたとして、電電公社には加入電話加入契約に基づき利用者に電話通信役務を提供すべき義務があるのにこれを怠った債務不履行責任がある、あるいは、その被用者である世田谷局長は公権力の行使に当たる公務員であり、大明及び明和による通信線路増設工事の施工に関し監督員を選任し、監督員をして大明の現場代理人が工事現場に常駐し、右工事の運営・取締りを行っているか否かを監視させるなど火災発生の防止に努める義務があったのに、これを怠った重大な過失があり、公務員の不法行為に関する国家賠償責任がある、電電公社と大明及び明和間に指揮監督関係があるため、前記作業員は電電公社の被用者であるといってよく、電電公社には作業員のトーチランプの種火の消し忘れという重大な過失による火災の発生につき使用者としての責任がある、更には、本件洞道及びこれに収納されているケーブルシステムは電電公社の営造物・工作物に当たるが、電電公社では、右のケーブル線の外被に火に弱いポリエチレンを使用していた、事故による通信途絶に備えるための副システムを採用していなかった、スプリンクラーなどの自動消火設備を設けるなどの消火対策を講じていなかった、トーチランプを使用する作業につき厳格かつ厳重な作業管理を行っていなかったという点で、営造物・工作物の設置又は管理・保存の瑕疵に関する責任があるとして、民法四一五条、国家賠償法一条一項、民法七一五条一項、国家賠償法二条一項、民法七一七条一項の規定を根拠に、電電公社の権利義務を承継した被控訴人に対し損害賠償を求め、被控訴人は、これに対し、公衆電気通信法一〇九条の規定が控訴人らの主張する民法及び国家賠償法の各規定に優先して排他的に適用されるべきであると主張する。

そこで、本件における右各法令の適用について検討するに、当裁判所は、本件事故による損害の賠償につき公衆電気通信法(昭和六〇年四月一日施行の電気通信事業法附則三条により廃止されたもの。)一〇九条の規定が控訴人らの主張する民法及び国家賠償法の各規定に優先して排他的に適用されるものと解する。その理由は次のとおりである。

国家賠償法五条の規定によれば、「国又は公共団体の損害賠償の責任について民法以外の他の法律に別段の定があるときは、その定めるところによる。」とされているところ、公衆電気通信法一〇九条は、電気通信役務の不提供によって生じた利用者の損害に対する電電公社の賠償責任につき、請求権発生の要件を定めるとともに、賠償すべき損害額の限度額を定め、これを加入電話加入者についていえば、損害が不可抗力により発生したものであるとき、又はその損害の発生について利用者に故意・過失があったときを除き、当該加入電話により通話ができなかった場合に、利用者が電話取扱局に対する通知をした日以後の引き続き五日以上の不通につき、当該不通日数に対応する電話使用料及び付加料金の五倍に相当する金額を限度として利用者に生じた損害を賠償することとし(同条一項三号)、利用者側で電話通信役務の不提供につき電電公社の故意・過失を主張立証しなくとも損害賠償がされるとする一方で、その賠償すべき範囲を実損害額いかんにかかわりなく実損害額のうちの一定額に限定していたものであるから、同条の規定がその文言に徴し国家賠償法五条にいう別段の定めに当たることは明らかである。また、公衆電気通信法一〇九条の規定は、文言上右の電気通信役務の不提供につきそれが不法行為による場合と債務不履行による場合とを何ら区別していないのであるから、債務不履行の関係でも民法の一般規定に対する特別規定に当たるというべきである。そして、公衆電気通信法は、電電公社において公衆電気通信役務を合理的な料金であまねく、かつ、公平に提供することを図ることによって、公共の福祉を増進することを目的としていたものであり(同法一条)、公衆電気通信役務の不提供につき前述の限定賠償制度を採用していたのも、このような電気通信事業のもつ公共性に由来すると解されるのである。すなわち、電電公社は、全国規模における膨大な数の利用者に対し可能な限り低廉な料金で良質の電気通信役務を公平に提供するという公共性の高い債務を有し、そのため時代の電気通信技術水準に見合う設備と技術力を保持し、更にはその強化を図ることを可能にする健全な財政基盤の維持が要請されていたものである。一方、電気通信業務のもつ技術的要因あるいは人為的要因に起因する事故の発生は不可避であるため、その損害の補填を予定しなければならないが、全国規模で展開される電電公社の電気通信役務の提供における利用者数の膨大さに応じていったん事故が発生した場合、被害を受ける利用者が極めて多数に上ることが予想されるだけでなく、利用者にとって電気通信役務の利用内容は多種多様であって、その利用によって利用者が享受する経済的価値もまた大小様々であるため、事故によって利用者が受ける損害も様々であり、高額に上ることが予想されることから、電電公社においてすべての損害の賠償に応じるとするならば、財政的負担は極端に重いものにならざるをえなかったのみならず、このような事態に対処するため、利用料金水準の決定に当たり損害補填に必要な財政負担を考慮するとしても、あらかじめ電気通信役務の提供が不能になった場合に受ける損害額をすべて的確に量定することは困難であり、仮にこれをある程度技術的に量定しえたとしても一部の利用者の損害額が高額に上る場合があり、これを利用料金額に反映させるとすれば、一部利用者の損害補填のため一般利用者に対し高額な料金を負担させることとなり、前述のごとく可能な限り低廉な料金によって良質な電気通信役務を公平に提供するという電電公社の前記責務は果たしえないことにならざるをえなかったものである。したがって、右の見地からすれば、公衆電気通信法一〇九条の規定が民法及び国家賠償法の債務不履行ないしは不法行為に関する一般規定に優先して排他的に適用されるべきものとして設けられたものであったと解するのが相当であり、控訴人らの主張するように、同条が民法及び国家賠償法の債務不履行ないしは不法行為に関する一般規定と選択的・重畳的に適用されるものであり、利用者側で電電公社による電気通信役務の不提供及びその期間さえ主張立証すれば電電公社の故意・過失及び一定の部分については実損害額につき主張立証しなくとも、所定の損害額につき賠償を得られるという意味での利用者の選択による救済のための規定にすぎないとは解しえないというべきである。よって、控訴人らの主張は採用することができない。

三  ところで、控訴人らは、公衆電気通信法一〇九条の規定が右に述べたごとく民法及び国家賠償法の一般規定に優先して排他的に適用されるものであるならば、そこで予定されている損害賠償額は実損害額に対し余りにも低廉にすぎ、電電公社の無条件の免責を規定したに等しく、また、利用者による実損害額の立証を要求する趣旨であるならば、利用者にとって極めて困難でかつ厳しい要件を定めたことになり、損害賠償の途を閉ざすものであるとして、同条の規定は憲法一七条に違反し、無効であると主張するほか、電電公社側に故意・重過失のある場合にまで同条の規定を適用し、限定賠償に止めるべき合理的理由はないとも主張する。

そこで、この点につき更に検討するに、当裁判所は、この点でも、控訴人らの主張を採用することができない。すなわち、憲法一七条は、公務員の不法行為によって損害を受けた者に対する国又は公共団体(以下「国等」という。)の賠償責任につきその要件及び効果、更にはその手続等を具体的に定めることを法律に委任しており、したがって右の要件及び効果の内容については当然に立法機関である国会の幅広い裁量に委ねられているところであるから、憲法一七条の規定を受けて制定された法律の規定が公務員による不法行為に対する国等の損害賠償責任を無条件又は無限定に否定するか、ないしはほとんど否定するに等しいと見られるような著しく不合理な内容であって、国会に与えられた裁量の範囲を逸脱していることが明らかな場合を除き、当該規定が国等の損害賠償責任を制限する内容であることによって直ちに違憲・無効の問題を生ずるものでないと解すべきである。

これを公衆電気通信法一〇九条の規定につきみるに、前述のとおり、加入電話により通話ができなくなった場合を含め、電気通信役務の不提供によって受ける利用者に対する損害賠償額の上限を定めており、その結果、利用者が加入電話を用いて営業活動を行っているような場合には右の限度額によっては十分な賠償を得られないことがもちろんありうるけれども、その被った直接間接にわたる損害のすべてにつき電電公社に賠償責任を負わせるならば、かえって前述のように電電公社としてその責務を果たしえない事態となりかねないばかりでなく、利用者の側からみても使用料金負担の点で公平を欠くに至ることからすると、賠償額の上限を定めたことには相当な理由があるということができる。また、右の上限につき電電公社側に故意・重過失がある場合と単なる過失があるにとどまる場合とで損害賠償の額につき差異を設けることなく、加入電話による通話の不能の場合について一律に右の限度額を実損害額のうち電話使用料等の五倍に相当する金額としている点も、具体的事案によっては故意・重過失がある場合と単なる過失があるに止まる場合の区別が必ずしも容易でなく、一方電電公社の電話通信役務の性格上事故が起きた際被害を受ける利用者が極めて多数に上るため、その損害賠償事務は公平かつ迅速に処理されるべき要請が強いことや右賠償額が被害を受けた利用者において代替通信設備を利用するために通常必要と見られる費用の額との比較上これよりも著しく低額であるためおよそこの意味における損害賠償としてほとんど無意味に近いとまでは直ちにいいがたい(なお、正常に電話通信役務の提供を受けて得ている利益はその利用のための負担に比べてかなり大きいと推定される。)こと等にかんがみると、同条が右のごとく損害賠償の額を制限したことは前述の合理的配慮をしたうえのやむをえない措置として是認しうる(なお、同条において被害を受けた利用者に実損害額の立証を要求することが特に不当であるとはその性質上解されない。)から、同条自体著しく不合理な内容であるため違憲・無効であるとは解しえない。また、本件事故に対する電電公社の責任につき控訴人らが主張する事実を前提とする重大な過失又は瑕疵に関して特に公衆電気通信法一〇九条の適用を制限すべき合理的根拠があるとはいえない。

四  以上のとおり、本件事故によって利用者が受けた損害に対する電電公社の賠償責任については、専ら公衆電気通信法一〇九条の規定が適用され、民法四一五条、国家賠償法一条一項、民法七一五条一項、国家賠償法二条一項、民法七一七条一項の規定が適用される(又は類推適用される)余地はないのであるから、これを前提とする控訴人らの請求は、控訴人らの主張する債務不履行責任・不法行為責任の有無につき検討するまでもなく、いずれも失当というべきである。

もっとも、右の趣旨からすれば、控訴人らは公衆電気通信法一〇九条に規定する要件を満たす限り、その限度内で損害の賠償を受けることができることになるけれども、本件において控訴人らは、弁論の全趣旨から明らかなように、右規定の適用を前提とした範囲の損害賠償の請求をしていないのであるから、控訴人らの請求の一部としてもこれを認容する余地がないといわざるをえない。

五  よって、控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決はその結論において相当であり、本件各控訴はいずれも理由がないから、棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条本文、九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉卓哉 裁判官 大島崇志 裁判官 渡邉 温)

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